ジェームス・チャーチワード氏によって公表されたムー大陸の考察において日本の竹内文書が挙げられる事があり、竹内文書で語られるタミアラとミヨイの国がムー大陸に当たるのではないかと多々考察されています。筆者と活動するYouTuberシロカラスも彼の動画内でタミアラとムー大陸の関連、特に「タミアラ」と「ラ・ムー」の名称の音のつながりを神衣志奉氏の「最後のムー大陸「日本」失われた楽園の正体とは?」をもとに述べています。
動画内にて、タミアラの「たみ」、ラ・ムーの「らむ」は音の変化によって変わった名称であり、「た」が「ら」へ、「み」が「む」へ変化したものではないかと言う考察がありましたが、この音の変化は言語学特に歴史言語学の音変化の理論で持っても起こりうる現象です。
まず「た」から「ら」への音変化を見ていきます。次の図にあるのが両者の発音における口の中の状態ですが、どちらも舌の先を口の天井へくっつけています。

「た」「ら」を発音していただくとより舌が同じ動きをしていることが実感できると思います。「た」の音はいわゆる破裂音なのでその際に舌の先で起こるエネルギーが強く、「ら」はたたき音と呼ばれるもので舌先が一瞬口の天井に触れるものですが、どちらも同じような舌の動きをします。
「た」の破裂音はその破裂の音を作り出すための労力が強く、その労力を弱くした際の音の変化が起こった時に「ら」になる事があります。現在の例では、北アメリカ英語で ‘better’や‘butter’と言った単語を発音する際に、tの部分が日本人には「ら」に聞こえます。これは日本人の耳が間違っているわけではなく実査に日本語と「ら」の子音と同じ音を発しているのです。ここでの tの音はアクセント・強調がされている節ではないため英語のリズムでは音の弱化が起こり、よりエネルギーの少ない音で発音しているため「ら」音に変化しているのです。
「み」と「む」の母音「い」と「う」はどちらも母音の中では最も口を閉じて発音できる母音です。試しに最も口を開いて発音する「あ」と同じ口の形で「い」や「う」を発音してみるとそれが不可能な事がわかります。では「い」と「う」の大きな違いは何かというと、口の中の先の方で共鳴させて作っている「い」、口の後ろ奥の方で共鳴させている「う」と言う点です。
日本の東北方言では「い」と「う」の段が一緒になると言われていますが、それは口の先端の方で作られていた「い」が後方でのポジションへ下がっていき「う」と同化したためです。この現象は、寒い地域にてなるべく口の先の方に空気が流れない様に言葉を発する際に見られます。また、その逆に「う」の母音が「い」へと変化する事もあります。タミアラの「み」がラ・ムーの「む」に変化することもこの母音の発音場所の前後が変化していったことを踏まえると起こりうる現象です。
歴史言語学的にはこれらの様に発音する際の口腔内のポジションに類似点があり、より発音する際にエネルギーを消費しない様に話す習慣が自然と浸透していったため、単語での音の変化が起こっていったと考えらます。
言語学の世界は竹内文書の様な神話等について言及する学問ではなく、既存の言語や正史に基づいた研究から成り立っており、神話への関心とは異なる分野です。科学的な視点から研究する言語学も、現代科学ではまだ謎とされている領域への研究も、理論は違い、時に相反するような位置付けになりうる事も多々ありますが、どちらも素晴らしい研究であると思います。例えば、日本語とヘブライ語の類似点については神話からの視点では述べられる事がありますが、歴史言語学では否定的であることが常であり、両者共に関心のある筆者としては心苦しい点でもあります。しかし、それはまだ解明されていない領域があるかもしれないという期待としてか受け止めていきたいかと思います。
また、タミアラの「み」がラ・ムーの「む」に変化したと言うことは、より体温を保つための後方部分で母音を発音していたことから、その言葉が伝わる時期に気温の変化があったのでは?という考察もできます。ご意見・質問等ありましたらメールまたはシロカラスXへいただけるとありがたいです。
参考文献 references
Pure Ocarinas (access date: 06/16 2025) https://pureocarinas.com/index
神衣志奉 (1998) 最後のムー大陸「日本」失われた楽園の正体とは?